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社長対談:水越康介氏<2>

(株)トークアイ代表取締役CEO 佐野良太 × 首都大学東京准教授 水越康介氏

組織が情報を意味づけする

佐野:次に「市場志向が目指すものとは」オブザベーションである、ということで、質問をしないと書かれています。この章で私がピンと来たというか、重要だなと思ったのは、これまで市場で情報を収集することと、その情報を組織の既存知識と結びつけて価値を創造することが区別して考えられていなかった、もっと言えば後者の価値創造のパートは重視されて来なかった状況がありますね。

水越:マーケティング分野では市場志向研究という話になりますが、基本的にお客さんの声を製品開発に生かすと言ったときには、リサーチ会社がお客さんからいかに「よい声」を集めるかが大事で、手に入れた情報をそのまま「モノ」みたいな感じで開発部門に持って行き、開発部門はそれを製品に転化する、というイメージになります。けれども、そもそも最初にこういうモノが、お客さんのニーズとして収集されるわけではなくて、最初に収集されるのは何かわからない、いろいろな解釈の余地のあるデータだったりするはずです。ですから、むしろそれをどういうふうに見るのかとか、どう考えるのかという、こっち側の組織側の知識とか考え方とマッチングされて初めて、ああ、お客さんってこういうことなんじゃないのという情報が生まれ、それが製品開発に生かされる必要があるということです。

本書にはあまり書いていないのですが、この手の話は、組織論とか戦略論では昔から言われてきたことです。日本だと、1980年代に神戸大学の加護野先生が『組織認識論』という本を書いています。それまでの組織論というのは情報処理型と言って、環境から入ってくる情報に応じて組織を官僚制組織にしたり、逆に有機的な組織に変えると考えられていました。しかし、外側から情報がモノのような形で飛んでくるということは基本的にない。組織というのは外の状況を自分で認識して、これは危ないなとか、これはいいなというのを意味づけした後で、官僚制にしようとか、有機的な組織にしようと変えるはずだというわけです。外側にある何かを組織の側がどう認識して、取り込んだり、取り込まなかったりするのかということで状況が変わってくる。同じ環境下でも、ある企業はこれは大事だと思って組織を変えるけれども、ある企業はこれは大したことないと思って、何も組織を変えずに対応していくという状況があります。もう少し言うと、一橋大学の沼上先生が教えておられた戦略系の議論でスキーマという話があります。企業はそれぞれ戦略スキーマという考え方を持っていて、これに応じて製品開発を変えていくというのです。ある研究では、カシオとシャープの電卓競争を分析しています(「対話としての競争」)。お互いにスキーマが異なるので、新製品の方向性が変わっていくわけです。

技術プッシュでも市場プルでもなくお客様との「対話」

佐野:次に「市場プル型と技術プッシュ型の対立」、言い換えればマーケットインとプロダクトアウトの対立の話があります。本書では両方大事だと言っていますね。相互作用的視点が必要という文脈のなかで「第三の道」を提言されているわけですが、なかなかそう言われてもそれを実践するのは難しいのではないでしょうか。

水越:そうですね。

佐野:何か、これが正解だ、というものはありますか?

水越:いや、あまり明確にはなくて、一言で言えば「対話」になるし、あるいは今回の本でいけば「オブザベーション」が一つの答えになるのかなと思います。プッシュか、プルか、というのはもうずっと昔からの永遠の課題で、それに対するいろいろな答えがこの四五十年、言葉をちょっとずつ変えて出て来ているのかなと思います。

佐野:言葉を変えながら同じ議論をしているということですね。

水越:はい、そういう印象がありますね。

佐野:日本の電機業界は現在なかなか厳しい状況にあります。反面アップルとかサムソンとか欧米の企業は継続的に革新的なイノベーションを起こしています。そこら辺がうまくいっていないから、日本企業は苦しんでいるのかなという気が個人的にはします。

水越:そうですね、日本にもいろいろな企業があるので、やれているところもあるのだとは思うのですが、日本企業は何となく「強み伝いの経営」というのか、技術ベースに寄っている、プッシュ型に寄っているような感じがします。アップルもプッシュ型のイメージがあるのですが、意外とそういう技術ベースだけでやっている感じはないと思います。お客さんと対話していると言うとまたあいまいな言葉になるのですが、そういう感じがするのです。

リサーチが相手を説得するためだけの道具になっている

IMG_9447web佐野:いわゆる市場調査は、パナソニックもシャープもやっていると思います。

水越:やっていますね。

佐野:やっていながら、うまくいかないというのは結果論なのかもしれませんけれども、その価値創造の部分に調査がうまくつながっていないのかなと。

水越:そうですね、どの会社というわけではないですが、一つはリサーチが相手を説得するためだけの道具になってきてしまっている可能性があると思います。お客さんの声がよくわからなくなってきたという現実はどの企業も認識しています。ただ、どうしたら答えが出るのかというところですごく単純に反転するというのか、お客さんに聞いてわからないのだったら、じゃ、自分が思うのを出すよと。この技術ははっきりしているから、技術の性能だけ上げていくよ、というすごく単純な「行って戻って」になってしまっているのではないでしょうか。本当はそこで一歩立ち止まって、わからないのだけど、わからないなりにうまくどうつき合うのかという、この真ん中で止まらないといけないはずです。

佐野:顧客志向と技術オリエンテッドの二項対立の傾向というか、そういう意識が根深くあるということでしょうか。

水越:そうですね。現実的には結構難しいことだとは思うのですが、どっちかに振れやすいという感じです。

オブザベーションは潜在的なニーズの発見を目的としていない

佐野:本書の98ページに「反応型市場志向と先導型市場志向に対応したリサーチ」の表があります。ここでハッとしたのは、オブザベーションは、先ほど出た潜在的なニーズの発見が目的ではないというくだりです。

水越:イメージはずっと同じで、結局答えは外部にはないと思っています。オブザベーションとかエスノグラフィーにしてもよく見ればわかると言われてしまうと、その見つけたモノが本物かどうかを証明しないといけなくなります。

佐野:ああ、そうですね、それが客観的な事実であるかどうかということを証明する方向に走るのはもう間違いだと、そういうことなのですね。

水越:それは結局自然科学の方法であって、本来エスノグラフィーとかオブザベーションは、そういうことを目的としていなかったように思います。それを思い出したほうがいいということです。そのオブザベーションにしてもエスノグラフィーにしても、実際に現地に行って直接(対象に)触れることになるわけです。触れているときに、何かが、このまさに自分たちと対象の間で生まれるという、そういうほうに重きを置いたほうがいい。

佐野:観察者の存在が消し去られるものではない、ということかなと思いました。そこに主観的な観察者がいる、本には「疑問を持ち、驚くことができる観察者がいた」と書かれています。実はエスノグラフィーというのは観察者の存在を消し去るのではなく、観察者と被観察者とがリアルに対峙している相互作用的な場なのだ、というようなことを佐藤郁哉先生も指摘していたように思います。驚きを得る主体を想定するというのは、そこにある何か客観的な事実を冷静に見つける影武者がいる、ということではないということですね。

水越:まさにそうだと思います。うしろから、本当に遠くから眺めていたとしても、それ自体は何かもう透明ではない可能性があります。ですから、やっぱり中でモノを、この情報をこちら側に写し取っているというよりは、見たからこそ何かがわかるとか、そこにいるからこそ感じられるとか、そういうモノのほうが大事じゃないかなというそんなイメージですね。

佐野:私は大学の専攻が物理だったのですが、いわゆる量子論では、観察者の存在が世界のありようを決めるという説があります。それに非常に似ているのかなと思います。社会はもともと多義的な、多重的なものであって、観察者がそれを観察した瞬間にそのありようが決まるということかな、と感じました。

水越:いや、そこまで難しい話はわからないのですが(笑)、その話で行くとちょうど何年か前に、大澤真幸さんがその話で本を書いておられました。『量子の社会哲学 革命は過去を救うと猫が言う』という変わったタイトルでした。

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水越 康介(みずこし こうすけ)

1978年生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。現在、首都大学東京
大学院ビジネススクール准教授。博士(商学)。専攻は市場戦略論(マーケティング論)、
商業論、消費者行動論。
Webサイト:水越康介私的市場戦略研究室 https://www.mizkos.jp

水越先生との対談記事総集編(脚注、図表付き)をPDFファイル形式でダウンロードすることができます。
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