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社長対談:水越康介氏<7>

(株)トークアイ代表取締役CEO 佐野良太 × 首都大学東京准教授 水越康介氏

一方通行の説得から関係性の問題へ

佐野:そういった形で確信が得られたところで、次はそれをいかにして他者に伝えて納得してもらうか、が課題となると思います。ここでおもしろいなと思ったのは「みんなのベイトソン」の逸話でした。壁に頭を打ちつけてしまう性癖を持つ子供に対して母親がそれをやめさせるという困難に直面したときに、最初は「やめなさい」と言ってみたりとか、対処療法的に壁に緩衝材を張ってみたりするのですが、実はそれではうまくいかなくて、最後は子供を抱き締めて一緒に感じてあげることによって、初めて壁に頭を打ちつける行為がおさまっていくという話です。学校で学んできた説得の方法というか、他者に自分の意思を伝える方法とはちょっと違うアプローチです。「一方通行の説得から関係性の問題へ」というふうにも書かれていますね。

IMG_9461web水越:本質直観の話を進めたときに、多くの方から「もうそれはわかったけど、本質直観の結果を、どう説得したり、どう伝えたらいいの?」と言われていました。それで何か足せないかなというところで、ベイトソンの話は大事だと思って本書に追加しました。この話では、お母さんは、壁に頭を打ち付けるのをやめさせるというのが答えだと思っていたはずですね、最初は。それを子供にどう伝えようかと試行錯誤していたわけです。しかし、最終的に見出されたことは、それをやめさせることが目的ではないということ、その過程を例えば成長の過程として理解できるということを、お母さんが受け入れたということでした。お母さんが示したいものが変わったということが大事なポイントです。説得すると言った場合には、自然科学的な態度に戻っていってしまって、こっちに答えがあって向こう側にそれを伝えるという「モノ」パターンになっています。そうではなくて、ここで必要なのはやりとりのなかで新しく目的が生まれるというイメージです。その中では自分が最初に持った確信とか、モノが壊れていくというのか、なくなっていってしまってもいいのではないかなと思います。

佐野:東大の中原淳先生が「ダイアローグ 対話する組織」という本の中で指摘しているのですが、導感メタファーのコミュニケーション感と言って、頭と頭をワイヤーでつないで私の考えていることを正しく誤りなく相手に伝えればそれでいいとか、それが説得されるということだというパラダイムがあるけれども、それはちょっと違うのではないのかと言っています。「みんなのベイトソン」の話というのはそれに近い、導管メタファーへのアンチテーゼであると思っています。

水越:中原先生には、一度研究会にも来ていただきました。この本の話をしまして、貴重なコメントもいただきました。

第三者の新たな未来をつくる行為

佐野:私が勝手に(笑)師として仰いでいる平田オリザさんという劇作家兼演出家がいます。平田さんは対話の本を多く書かれているのですが、日本には議論はあるが対話はないと、よくおっしゃっています。議論というのは、例えば、水越先生が間違っているから私の正しい説で論破するという話で、そこには互いの歩み寄りの余地がない、1かゼロか、赤か黒かの世界です。一方、対話というのは実は創造的な営みで、私の意見でもない、あなたの意見でもない第三の意見、つまり未来をつくる行為であると。平田さんが言うには、外国の演出家と演劇のけいこ場で演出について議論をすると、結論としては最初に平田さんが言っていたようなことになるのだけれども、「私が最初に言ったとおりだ」と言うと、その相手の外国の演出家は「いや違う、あなたの意見でもない、私の意見でもない、新たな演出方法を我々は見つけたのだ」と主張するそうです。

水越:なるほど。

佐野:これがいわゆる対話の作用なのですね。そういう関係性というか、方法論がこれからまさに必要になっていくのかなと思います。

水越:まさにそうですね。説得メタファーも少し考え直すというのが、リサーチャーやマーケティングリサーチが最終的に目指す方向になっていきます。それはもっと言うと、リサーチやマーケティングというのはすごく現場レベルの話で、これを上に伝えていくのが大変だという話になりがちです。これに対して、最終的に目指すべきは、そういう問題はむしろ上の人と一緒にやれるとか、かなり上の問題として認識されて、それをみんなが問題として共有できるような状況というのをつくることになります。

佐野:組織として取り組むべき問題ということ、上から下までというか、むしろトップダウンで取り組むべき問題だということですね。

水越:それをしないとリサーチャーやマーケターは、いつまでたっても結局どう説得したらいいのでしょうかという話に戻ってしまいます。

佐野:説得手法の話に堕してしまうということですね。

マップではなくてコンパスを持って進め

水越:説得に戻れば、しょうがないからリサーチの数値データを使うしかないよね、という話になってしまう。結局直観補強型でリサーチをやり続けざるを得ない。やり続けざるを得ない結果として、おそらく組織全体の業績は落ちるだろうという、そんな感じですね。

佐野:そうですね。ですから結局みんなが納得すればそれでいいのではないかと私は思います。極端に言えば、そこに何か客観的なデータがなければいけないというようなことはないのではないかということです。現在MITのメディアラボのトップは伊藤穰一さんという日本人ですが、彼は、これからはマップではなくてコンパスを持って進め、と言っています。ここで彼が言うマップとはあらかじめ世界がそこに確定的に記述されているイメージだと思うのです。

水越:なるほど。

佐野:コンパスというのは方向を指し示すものですよね。だから、世界が決定論的に(マップに)記述されているわけではないのだから、むしろベクトルというか、方向性のみをみんなで決めて、それを信じて進めということを言いたいのだと思います。精密に調べていけば世界のありようはすべて決定論的に決定できるという考え方とはかなり違っています。

水越:確かにそのイメージはいいですね、地図ではなくコンパスを持てということですね。

永遠のにらみ合いはなぜ起こらないのか

佐野:「ダブル・コンティンジェンシー」の問題ですが、見ず知らずの2人が初めて出会った状況では、お互いが相手の出方を伺って、にらみ合いが永久に続くはずで、それでは社会が成り立たないという疑問ですね。

水越:この状況が続く限り社会は成立しないので、それではどうやって社会はできたのだろうかというのが社会学の問題の一つでした。それに対する説明として、そもそも相手を了解してしまっている(つまりダブル・コンティンジェンシーが生じている)というのは、もう次の一手が何か起こるというのを予想してしまっているし、誘導してしまっているはずだということです。現実には、相手の出方を見合っていても、ちょっと相手が何か疲れたなぁというところで肩が落ちてくるとか、何か風が吹いてチラッとそっち側を見てしまうとか、そういう何かを、次に必然的に誘発している。自分の意識と相手の意識が伯仲している状態ではなくて、何か自然に行為してしまっているとか、自分がもうそこにいてしまっているということが社会に直結しているということかと思います。

佐野:現代は「大きな物語」がなくなったので方向性を見失って皆立ちすくんでいるのかもしれませんね。この話を聞いたときに私は、高校のころやった柔道を思い出しました。素人同士が柔道をやると、お互いに袖をつかんだままにらみ合いというか動かなくなるということがよく起きます。

水越:なるほど確かに。

佐野:投げられまいとするとお互いに腰を低くして、こう腰を引くわけです。そうすると均衡状態というか、お互いに動けなくなってしまうのですが、技をかけようと思うと、やはりそれは相手を揺り動かして重心を動かすとか、重心を上げるとかいろんなことをしないといけない。要するに相手を揺さぶらないといけないし、揺さぶるということは自分にも隙が出ることになるので、その意味で技をかけようと思ったら自分自身も不均衡な状態、不安定な状態に移行せざるを得ないというジレンマがあります。そのリスクを背負った上でないと、柔道は成り立たないのかなという気がします。
水越:何かリスクを取らないといけない、あるいは本書で書いたように、とにかくやってみないといけないという状況はありますね。

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水越 康介(みずこし こうすけ)

1978年生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。現在、首都大学東京
大学院ビジネススクール准教授。博士(商学)。専攻は市場戦略論(マーケティング論)、
商業論、消費者行動論。
Webサイト:水越康介私的市場戦略研究室 https://www.mizkos.jp

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